こちらの越してから始めた習慣。ウォーキング中のゴミ拾い。
田舎だからなのか、比較的ゴミが少ないほうではありますが、5000歩ほど歩けばこれくらいのゴミを拾います。

落ちているゴミの多くはタバコの吸い殻と空箱・薬の空容器・マスクなどが多いです。
捨てる人と拾う人。どちらが正しいとかはなく、捨てたいから捨てる人がいる。拾いたいから拾う人がいる。それ以上でも以下でもない。私たちが歩く道がきれいだと嬉しいという思いで始めたゴミ拾い。
ヤクルト1000の空容器を拾ったのを最後に止めました。
ゴミを拾うたび、自分も含め人間ってなんて悲しい生き物なんだと、気が滅入ってしまったからです。
わたしは純粋にゴミを拾おうと思っているのに、ヒトの利己を拾い上げていちいち嘆いてしまうこと。
それをただゴミだな~っと思えない自分の考えの足りなさに心が閉じて行ってしまいました。
ゴミ拾いを止めてから1か月後。
とある記事で、死んだ鳥さんの胃を解剖すると、プラスチックごみなどヒトが出したゴミが含まれることがあると目にしました。
それを聞いてまたゴミ拾いを再開しました。
今度はヒトのためでなく、鳥さんのために。
すると不思議と拾えば拾うほど鳥さんに好かれる気がしてとても清々しいキモチになりました。
そう。ヒトのためにゴミを拾うなんて、わたしはそんな高尚な人間ではなかったということです。
ちなみに近くに鳥さんがいるときはこれ見よがしに拾ってる姿を鳥さんに見せながら拾います。
そしてぼそっと家の場所を伝えます。
いつかお家に遊びに来てくれることを期待して。そのためにゴミを拾います。
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