まさし君のタチアオイ

もくじ

まさし君

暑くなると、思い出す。

ちょうど4年前。母がコロナにかかって自宅療養していたときだった。
近所で一人暮らしをしているまさし君が、脳梗塞で突然、亡くなった。

まさし君は私よりふたまわりも歳が上だから、「君」呼びするのは失礼だったかもしれない。
うちの田舎では、親が呼んでいる呼称を子が引き継ぐ習いがあるので、私も親にならってまさし君と呼んでいた。

いつも作業服にタオルを首にまいて、ベージュの帽子をかぶっていた。趣味は畑仕事。
誰に対しても朗らかで、お酒が好きな人だった。

まさし君とタチアオイ

実家の家の真ん前には畑があって、まさし君が無料で貸してくれていた。
草を生やすぐらいなら、ぜひ使って!と笑って貸してくれた。

借りた当初、何も植わっていなかったけど、赤くて背の高いタチアオイが、ぽつんと一本だけ咲いていた。
まさし君は植えた覚えはないそうだ。
鳥さんが種を運んで自生したんだろう。

いつかの梅雨の合間のじめっとした晴れた日。
畑しごとをしていたら、普段は立ち話なんてしないような性格のまさし君が、めずらしく話しかけてきた。
二人の目の先には立派に直立した例の赤いタチアオイが咲いている。

「タチアオイっててっぺんまで咲き終わると梅雨が明ける合図なんやよ」

そう教えてくれたことが、なんだかとても嬉しかった。
実は本で読んで知っていたけれど、「へぇ〜」と驚いてみせた。

それからというもの、次の命が生まれるよう、こぼれ種を畑のそこらじゅうにまき、草を刈るときは、タチアオイさんを刈らないように注意深く刈った。
間違って刈らないように、ホームセンターで売っている一番背の高い支柱を刺して目印にもした。

それを見たまさし君も、どこかで生えてたタチアオイの苗を掘って、畑の隅に移植したりした。
そうして、どんどん、梅雨時期の畑が賑やかになっていった。

まさし君がいなくなった

どこかのお医者さんが言っていた。

「人というのは簡単に死ねないし、簡単に死ぬ」って。

その通りだなって思った。真夏の暑い暑い日だった。

いつも片手を上げて「よっ!」と言うまさし君の姿は、もうどこにもなかった。

私は、畑の真ん中でわんわん泣いた。
もう花のてっぺんまで咲き終わっていたタチアオイたちも、風に揺れて泣いているようだった。

梅雨が明けたよ

私は2年前に引っ越しをし、畑の管理は母がするようになった。
タチアオイたちは今も健在で、梅雨時期には実家の畑を彩っている。

街に買い物に車を走らせる坂の中腹に、まさし君が住んでいた家がある。
家の入口にはまさし君が植えたであろうタチアオイが2本植わって、毎年そこで静かに花を咲かせている。

まさし君、今年もタチアオイ、咲いたね。

シェアしてもらえると嬉しいキモチ
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

もくじ